日本の研究環境を改善しようという試みについて、以下がTwitterで話題になっていた。
若手研究者の任期、原則5年以上に(日本経済新聞)
研究力向上改革2019(文部科学省)
私個人の感想としては、現場の研究者が声を上げてきた問題が、ある程度包括的に組み込まれているものの、ミスコミュニケーションが生じている部分もあるように感じた。特に、読んでいて一番気になったのは、本来異なるキャリアステージのはずのポスドクと助教が「若手研究者」として括られていること。両者それぞれ問題はあると思うが、区別して考える必要がある。
そこで若手研究者(アメリカでポスドク後、テニュアトラック助教、non-PI)の立場から、自分の経験と現状をつぶやいてみようと思う。ポスドク問題も助教問題も、お金さえあれば解決する面もあるが、資金の配分や優先順位がイマイチ現場の声とずれている気がするので。
ポスドクの任期は5年以上を担保するべきか、それが可能か
「若手研究者の任期、原則5年以上に」という記事で議論されているのは、ポスドクの話。大学の助教の話ではない。
まず前提として、ポスドクの位置付けは、non-PI、トレーニング期間で、多くはプロジェクト型、所属する研究室のPIの研究テーマで研究を行う。ここは日本でも他の国でもあまり変わらないかなと思う。
近年のライフサイエンスは(少なくとも私の研究分野では)、良い仕事をしようとすると、論文になるまで5年以上ということはザラなので、ポスドクが長期的に集中して研究に打ち込める環境はあるに越したことはない。雇用する側としても、資金さえあれば、優秀なポスドクを安定的に雇用し、しっかり成果を挙げ、キャリアアップしてもらいたい。
それでは、それが実現可能なのか?ポスドクの人件費は、基本的には雇用主の研究費から支払われる。日本の研究費の多くは、短期間・更新なしで、かつ人件費を捻出できる規模のものは少ないので、それがポスドクの不安的な雇用の根本的原因となっている。
アメリカの研究費は、競争的で、先の保証はないのは一緒だが、研究期間、額から考えて、獲得さえできれば、ポスドクをある程度、安定的に雇用できるのではないかと思う。ただ、実力社会なので、実力のないポスドクは簡単にクビを切られる印象。
アメリカでも、研究費獲得競争はシビアで、PIの研究費が続かなければ、継続して雇用したくてもできないのが現状。私の所属していた研究室でも、超優秀なラボマネジャーが資金不足により、泣く泣く解雇され、私も「明日は我が身・・・」とビクビクしていた。特に、外国人である自分はビザの問題があるので、職がなくなった時点で、当然アメリカにはいられない。
ポスドク仲間の間では、安定が欲しかったらフェローシップ獲得が死活問題というのが共通認識で、キャリアセミナーなどでも自分のフェローシップを持っていくことを強く勧められる。私もジョブインタビューの時点では、「あなたを雇う研究費は十分あるわよ」と言われたので安心していたが、実際は、研究費の更新が上手くいかず、3年後には研究室の財政が非常に厳しい状態に陥った。
幸いにも自分は、HFSPフェローシップにより3年、海外学振により2年のサポートを受けることができたので、5年間研究を続けることができ、結果として論文も完成させることができた。もし自分のフェローシップがなかったら、論文出る前にクビ、強制帰国だった。「あなたを雇う研究費は十分あるけど、自分のフェローシップを持っているとキャリア形成に非常に良いので、応募しなさい」とPIが教えてくれていたのが、本当に救いだった。
ちなみに、フェローシップの期間は1年から3年程度なので、5年以上安定的な雇用が担保されているポスドクポジションは、国際的に見ても恵まれていることになる。
一つ考慮したいのは、ポスドクの段階では、能力のレベルや想定する将来像の違う人が混在している状態なので、一律に、最初から任期5年以上を担保、というのはちょっと違う気はする。私も、ポスドクとしての雇用を最初から安定化してほしかったかというとそうでもなく、結果が出せればアカデミアに残れる可能性が生まれるし、出せなければ別の道を探そうと思っていた。厳しくはあるが、アカデミアで生き残っていく人はほんの一握りであるので、ポスドクの時点で、ある程度の競争原理は働くべきだとは思う。
ちなみに、同じラボにいたポスドクは、ポスドクをやってみて「自分はアカデミアで厳しい競争の中、一生研究をやっていく覚悟はないし、むしろ企業など、別の場所の方が向いているし、活躍できると思う。」と言っていた。アメリカは、博士を持った学生やポスドクが、企業や他の場所で、良い待遇かつやりがいのある仕事を見つけられる土壌があるので、それも日本とは大きく違うと感じる。
まとめ:日米ともにポスドクの立場が不安定なのは、雇用経費が、PIの獲得する競争的な研究費に依存しているため。ポスドクの任期を5年以上とする制度がもし実現できるのであれば素晴らしいが、資金源である研究費を5年以上続く安定した制度にする必要がある。ポスドクの雇用を最初から一律に安定化するのではなく、ポスドク自身の能力やキャリアの希望は考慮すべき。
ポスドク後のキャリアについての課題
「研究力向上改革2019」において、若手研究者の問題が一括りにされているが、国際的な感覚から逸脱しているのは、むしろポスドク後のキャリアではないだろうか。
アカデミアにおいて、アメリカでは、ポスドクで成果を上げ、かつPIとしての能力と将来性が認められれば、PI(多くはテニュアトラック助教)として独立。自分で立案した研究テーマを元に、5~7年程度で成果が出せればテニュア(任期のない職)を獲得、准教授に昇進。
日本では、多くの場合、助教は、non-PI、3~5年の任期。雇用主は大学や研究所。独立したポジションではなく、任期が切れた後の職がない場合が多い。つまり、実質ポスドクのような不安定な立場が長く続く。多くの若手研究者が訴えている任期や独立環境の問題は、むしろ助教レベルの若手研究者の問題ではなかったのか。
若手研究者の立場から考える日本におけるポスドク後のキャリアの課題は以下である。
(1)ポスドクからアカデミア以外へのキャリア選択の幅が狭く、条件も良くないこと。
アカデミアでPIになるのが難しいのは、どの国も同じ。博士号を持ち、ポスドクトレーニングを積み、研究やその他の能力が高い人材は貴重であるはずだが、日本ではそれをリスペクトし、生かす場が少ないように感じる。
(2)ポスドクで結果を出した人でさえ、なかなかPIになれないこと。
アメリカでは、ポスドクで成果を挙げ、それを土台に今後やっていく研究のアイディアを練り、PIとして独立する、というキャリアパスが一般的だと思う。
日本では、講座制やそれに準ずるものが色濃く残っているので、ポスドク後すぐにPIとして独立できる人は、ごく稀であり、キャリアの継続性が失われる。ポスドクとしていったん海外へ出ると、日本で次のポジションを探すのが極めて困難になる。運良く助教のポジションが見つかっても、講座制であれば、ポスドク時代にやっていた研究テーマを継続することは難しく、不本意に研究テーマをガラッと変えざるを得ない人も多い。
講座制の助教=non-PIである=研究テーマやラボの運営はPIに依存、独立した研究者とは見なされない、というのが国際的な認識だと思うのだが、PIとnon-PIの決定的な違いがきちんと理解されていないのか、「若手研究者に自立心を」という割には制度が変わっていかない。若手研究者向けの研究費が増え、それは大変ありがたいのだが、PIとしてのポジションが増えない限り、若手研究者が真に独立していることにはならないし、腰を据えて長期的な研究に着手できない。
(3)ポスドク後も任期の短い不安定な身分が長く続くこと。
助教レベルの若手研究者の任期が、最長でも5年程度。さらに、そこで結果を出せたとしてもPI職につけたり、昇進するわけではなく、先が見えない。
(4)アカデミアにおける人事が競争的というより、不透明・不合理であること。
私の周りでも、能力がありPIになるべき人材が不安定な雇用に苦しむ一方で、いわゆるデキ公募などによって、数少ないポジションが埋まっていく。
私自身は、non-PIながらポスドク時代からの研究テーマを継続できていて、若手の中ではかなり幸せなポジションについていると思うが、今後どのようにキャリア形成をしていっていいのか、ストラテジーを立てづらく、必要以上に不安にさらされている気がする。競争的であっても、目標が明確であれば、それに向かって努力すればいいと思うのだが、日本では何を頑張ればいつどこでPIとして独立できるのか、道筋が不明確で、若手研究者の多くが苦しんでいるように思う。
まとめ:若手のキャリアを議論する上で最も重要な、PIという概念が、きちんと理解されていない、または重要視されていない気がする。
助教レベルの若手研究者のPIポジションの数と、スタートアップ資金を、どうにかもう少し増やしてもらえないか。私の周りを見ても、十分実力を備え、独立してやっていけそうな30代、40代の若手研究者(non-PI)は数多くいる。若手PIが増えることで、学術的な多様性や新陳代謝も生まれやすい環境ができていくと思うのだが。
佐田
(本ブログ記事は、私個人の意見であり、所属組織や研究者全員の見解を示すものではありません。)
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